随分と長居をしてしまったのでしょう。
高杉の工場を出るときには、日がすっかり傾きかけていました。

「夕暮れは危ないから、気をつけて帰るんだよ。」

高杉はやさしく声をかけて、私を見送ってくれました。


ーああいうところに奥さんも惹かれたんだろうなー


そう思いながら、私は家路を急ぎました。

ーそういえば、夕ご飯の材料を買いに行くの、忘れてたな。夕飯、何にしようー


すっかり話し込んでしまっていたせいで、完全に頭から抜け落ちていました。
お惣菜でも買って帰ろうかなとスーパーの駐車場まで来た時に、奈美ちゃんからの着信がありました。

「今日の夜ひま?一緒にどこか食べに行かない?」


私は、二つ返事で誘いに乗りました。

やがて、約束していたパスタ屋さんに行くと、奈美ちゃんは既に到着していました。

「遅くなってごめんねえ。」

と頭を下げながら、二人でお店に入っていきました。
そして、それぞれ注文をすると、奈美ちゃんが

「竹中のことなんだけどさ…」

と口を開きました。

まだ何の気持ちの整理もついていませんでした。

ー聞いたところで、私にはどうすることもできないし、心の余裕がないよー

そう思いながらも、奈美ちゃんの次の言葉を待ちました。

「竹中、あんたと付き合っていた時、9股してたんだって。」


もう、言葉が出ませんでした。
すると、奈美ちゃんが話を続けます。

「もちろん、例のネットからのスカウトってやつだね。金にするんだってさ。
もう、ここまではっきり言われちゃうと、逆に気持ちいいよね。」


ーなんだ、お仕事関係かー


騙されている方々には申し訳ないけれど、もう、竹中さんに騙されてしなった女性たちには、何の感情もわきませんでした。
いえ、正確には、少しうらやましかったです。

騙されているとはいえ、好いた男の役に立てるのだから、私はうらやましく思えました。


「だからね、何の感情もわかないけど、頑張ってご機嫌取りをしているみたいだよ。」


そうなんだ。としか、返事ができませんでした。


「それでさ、うりえるなんだけど」

ーああ、一番聞きたくない名前だ…ー

表情に出てしまったのか、奈美ちゃんはやっぱり今はやめとこうか?と気を遣ってくれました。
けれど、こうやってあえて話してくれるということは、
遅かれ早かれ、私が聞いた方がいい内容なのだろうと、私は心を決めました。


「うん。大丈夫だから聞かせてよ。」

精一杯の作り笑いで答えました。
それなら話すけどさ、と奈美ちゃんは話を続けてくれました。


「どうにもうまくいってないみたいだよ。
なんでも、竹中がうりえるにカマかけてみたら、簡単に風俗で働いてるのをぽろっと話しちゃったみたいだよ。
当の本人はまだまだシラを切るつもりでいるから、必死に否定しているみたいだけど、嘘をつかれたってことで、竹中の不信感はMAXみたいだよ。」


それを聞いて、私は思うところは山ほどありましたが、黙って話を聞いていました。


「それでね、極めつけはあの女、実はかなりやばいやつなんじゃないかっていう話なんだよね。」

……やばいやつ?

「これまでの時点で、十分色々とやばい奴だと思うんだけど…。」

思わず、つっこみを入れてしまいました。


「まあ、それは間違いないんだけどね。
とりあえず、その場は竹中もうりえるの話に乗って、仕事のことに関してはなかったことにしたらしいんだけど、それから注意深く話を聞いていると、どうやらうりえるの使う言葉が普通じゃないらしいんだよね。」

「方言とかではなくてってこと?」

「方言じゃないね。よくよく思い返してみたら、事あるごとに『この世界から足を洗ったら、一緒に幸せに暮らそうね』とか、『堅気の女は甘いから、亮平にすぐに騙されるんよね』とか、竹中とけんかをすれば、『私がその気になれば、都内にある店の一つや二つ、簡単に潰せるんだからな』って脅してきたりとか。」

「奈美ちゃん、それってさ…。」

私は予想をはるかに超えた状況に、息を飲みました。

「まあ、何かの脅し文句に、そういう言葉を使うやつ買いるかもしれないよ。
けど、脅し文句だったにしても、この女はかなりやばいだろうね。
さすがに竹中も距離を取り始めたらしいよ。
万が一、本当にその手の人間だったら、竹中だってこの先、どうなるかわからないからね。」


もしも本当だったら、温室育ちの私には想像できないような怖いことが待っているのだろう…。


ー命の危機さえ感じてしまうような、そんな危険な人とかかわっているのかもしれないー


私は、私を裏切ったあの男に対し、あの時以来初めて、心の底から身を案じてしまいました。